No.52 3人目がきた! 01.12.26

年の瀬も押し迫ってきた、今日この頃、忙しさのあまり、日記も、だいぶ滞りがちになってしまいました。スイマセン。しかし、いよいよ待ちに待っていた日が訪れました。そう、やっと3人目の看護婦がやってきたのです。彼女は、実は、12月3日から登場しました。
相変わらず、先生の診察予約が、取りにくいのは、変わりませんが、看護婦一名増員で、もう少し、ピーリングや脱毛の予約が、取りやすくなるだろうと、ほっとしております。

さて、トラクリメンバーは、先生も含め、みなキャラクターの濃い人ばかりが、何故か集まってしまっているような気がするのですが、ここで、問題の新人Mについても、人柄を少し紹介しておきましょう。
まず、彼女の身長は164センチ。一般的には、高い方の部類に入ると思うのですが、何故か、トラクリでは彼女が一番小さい。なんで、こんなに大きい人たちばかり集まってしうのでしょうか??不思議です。
そして、性格の方は、「おっとり型」のようです。口調がのんびりしている所為か、所作もおっとりとして見えます。トラクリ以前も、美容外科の勤務経験があるので、実務の方は、全く問題ないのですが、やっぱり、のんびりして見えます。ただ一つ、少し心配なのは「これは…天然ボケか?」と、思わせるような行動が多くて、なかなか笑わせてくれる人材だということです。(しつこいようですが、実務には全く支障はありません。笑)
つい先日も、「この間、面白いことしちゃったんですよー」というので、聞いてみたら、なんと、Mは、携帯電話と間違えて、一日中テレビのリモコンを、かばんに入れて、持ち歩いていたそうです。うーん、Mよ、手に持った時点で気が付こうよ!しかも、Mは、「携帯とリモコンがよく似てるんですよ」「結構ありがちなことじゃないですかー?」とも、言っていた。私だったら、いくら似ていても、間違えそうにない…。彼女が今後、どんな「天然ボケ」を発揮してくれるのか、本当に楽しみなのであります(笑)

と、いうわけで、今年もいよいよ、終わり。日記も、書き始めてから、とうとう一年以上が経ちました。今年一年間、日記を読み、励ましてくださった皆様方、また、楽しいメールを下さった皆々様、本当にありがとうございました。来年も、いろいろな「小ネタ」を見つけては、日記を書いていきたいと思います。どうぞよろしく!!

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No. 51 「香り」の記憶 01.12.20

街中を歩いていて、ふと思った。「この香りなんだったっけ?」何処からか、覚えのある、心地よい香水の香りが、流れてきた。そして、よーくよーく、考えてみる。「ああ、昔付き合ってたあの人が、つけてた香水だ。」
そして、そう気づくと、途端にその頃の情景や、「思い」なんかを思い出す。今も心残りがあるというわけでもなく、普段はその人のことを、思い出しもしないのに、その時の香りだけは、鮮明に覚えていたりするのだ。不思議なものである。

これは看護婦Nの体験なのだが、昔、遠距離恋愛をしていて、そのときの彼が、時々くれた手紙の中に、彼の使っていた香水の香りも、一緒に入っていたそうだ。なかなか、にくい演出だと思う。Nも、「今考えると、なんて気障な…と思うけど、その時は、その香りが付き合っていく上で、重要なものだった」と、言っていた。「香り」というのは、恋愛の上で、かなり重要な要素であるようだ。
また、これも私の友人Pの話なのだが、あまり、香水に興味がなかったPが、ある日突然、「香水が欲しいから、一緒に探して」と言い出した。理由を聞いてみると、「好きな人が出来た」という事だった。これも、かわいらしいエピソードである。

私は仕事柄、普段は香水をつけることは出来ないので、普通の人々より、よりいっそう「香水」に対して憧れがあるのかもしれないなあと、思うのだが、「好きな人の為に、香水を選ぶ」という行為はいいなと思う。恋愛の気分も盛り上がりそうだ。
それに、もし「自分の香りを忘れない人がいる」としたら、もっといい。だって、その香りが、街のどこかでした時に、その度に、何となくでも、私のことが思い出されるのだ。素敵だとは思いませんか?だれかのココロに忘れられない香りを持つ、そんな女性になれたらうれしい。

そんな野心が、叶ったか叶わないかは、解らないが、その時、嫌いになって別れていても「香り」だけは忘れないというのは、不思議なものである。「香り」というのは、脳にダイレクトに伝わる刺激だから、記憶に残りやすいという話を聞いたことがあるが、本当なのだろうか?

 「香り」には、全く理屈なく好き嫌いがある。流行の香りや、売れている香水だからといって、誰も彼もが「いい」と思うわけではない。今時、「女はやっぱり、石鹸の香りをさせてる娘がいい」なんて言う男性は、もう、さすがにいないと思うが、センスの良い香りの選び方や、付け方をしたいものである。例えば、誰かの記憶に残るような。

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祝!50回記念 「私」をきれいにしてくれるのは誰か?
<その2 スキンケア、その遠く長い道のり> 01.11.29

この日記の中では、何度も言っていて、いいかげん皆さんも、聞き飽きたと思うのだが、美容外科というのは、奇跡でも魔法でもない。この事については、前回もさんざんお話したが、特にスキンケアの治療に関しては、この事が言える。いくら治療をしても、肌質自体は変えられないのだ。
ただし、自分の肌質の中で、いい状態(ノーマルに近い状態)を、キープしていく事は、できるはずである。ただ、これは、簡単なようでいて、結構難しい。

例えば、ケミカルピーリングをしたとしよう。この治療は、1〜2ヶ月間の治療中に、劇的ににきびを減らしたり、肌を滑らかにしたりすることが出来る。でも、このピーリングが終わった後、自分で何のケアもせず、3ヶ月もほったらかしにしておけば、元の肌の状態に戻ってしまう。

私自身も、「ケミカルピーリング→医療クリーム」という一連の治療を、1年以上続けている。「治療が続けやすい」という恵まれた環境にいることもあり、一般の人々に比べれば、肌質をキープしやすい環境にある。
「1年分のごほうび」の中でも述べたが、最近は、以前に比べると、にきびができにくくなり、肌の状態も良いようで、患者さんに誉めていただくこともある。そして、そんな時私は、いつもこう答える。「ほんとにもう、血のにじむような努力をしていますから(笑)」と。
そして、これだけしていても、体調が悪かったり、ちょっとさぼったりすると、たちまちにきびがひどくなったり、季節の変わり目に、かさついたりすることはある。

と、いう訳で、「きれいになるための秘訣」その2は、「根気よく続ける」と、いうことだ。
美容外科・皮膚科の治療というのは、それだけすれば、後は何もしなくてよい。というモノはあまりない。どの治療も、日常でのスキンケアが、非常に重要なのだ。私自身が治療をして、痛感しているのは、きちんと保湿する。毎日日焼け止めを付ける。そういう、日常のスキンケア、自分自身の努力の方が、治療効果を持続させるためには、治療自体よりも、ずっと大事だ。ということだ。

しかし、「日々のスキンケアに、手を抜かない」というのは、非常に難しいことでもある。頭を使い、日々こつこつと続けなければ、効果がない。「スキンケア」というのは、一生続く修行のようなものだ。手を抜けば、すぐに落ちていく、ある意味、辛く苦しいものなのかもしれない。
それでも、私は、スキンケアに関する苦労(?)をやめられない。時間は掛かるが、がんばった分の効果が、確かに解ることもあるし、きれいになるための努力って、やっぱり楽しいのだ。

さて、最後に、今回のお話の大命題にした、「私をきれいにしてくれるのは誰か?」と、いう事について書いておこう。ここまで読まれた方は、もう答えは出ているだろう。
「私をきれいにしてくれるのは誰か?」この1年半、自分自身の、また患者さんの治療経過を見てきたからこそ、私には言える。残念ながら、誰もあなたをきれいになどしてはくれない。「私」をきれいに出来るのは、私自身でしかない。

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祝!50回記念 「私」をきれいにしてくれるのは誰か?
 <その一 あなたは何を選びますか?> 01.11.20

効くか効かないかは別として、世の中には、きれいになろうと思ったら、いろいろな手段がある。例えば、エステ、美容外科治療、最近は何万円もする「高級クリーム」なんていうのも、流行っているらしい。
でも、どれを試してみても、どんなに高額なものを使っても「良くならなかった」という話はよく聞く。あなたには、そんな経験はないだろうか?そして、それは一体どうしてなのだろうか?では、きれいになるための近道はあるのだろうか?
今回は、「看護婦日記」連載50回を記念して(今回は49回目)、美容外科で働く私の視点から、その辺りを少し考えていってみたいと思う。

美容外科の治療は、よく、ある種の「魔法」のように思われていることが多い。(これは、絶対的に種々の広告や、マスコミでの露出の仕方が悪いと、私は思っている)
 「パッ」と、しみやしわ、ほくろなんかが消えたり、ピーリングも何度かすれば、生まれ変わったような、すべすべ赤ちゃん肌が手に入れられる。手術をすれば、腫れることなんかもなく、すぐにしわが取れたり、二重になったりする。と思っている方は、きっと、私達の予想をはるかに上まわる数、いるのではないかと思う。

今まで何度か、この日記の中でも書いてきたが、美容外科・皮膚科で働く一人の看護婦として、また、一人の女性としても言わせていただきたい。残念ながら、そんな風に都合のいい治療はない。世の中、随分、間違った知識(イメージ?)が広まってしまっているようだ。
ちょっと考えていただくと解ることなのだが、何年(何十年?)もかかって出来てきたものが、一瞬で魔法のように、消えてなくなったり、肌質を根本的に変えられるような治療なんて、ありえない。もし、そんなものがあったら、まず誰よりも先に、私がやっていると思う。
もちろん、一回のレーザー治療でとれてしまう、「そばかす」の様な例外の治療も、あるにはあるのだが、こちらの方が、珍しいと思っていただいた方が良いし、「一回できれいになる」治療というのは、それなりにリスクも大きいと考えた方が、いいと思う。

と、いう訳で、「きれいになるための秘訣」その一は、「自分の受ける治療(化粧品)を理解し、選ぶ」と、いう事だ。

どんな治療にも、利点・欠点はあるし、一つの症状に対しても、いろいろな治療法がある。私達は、それらについて、きちんと説明する用意もある。だから、「よく解らないから、先生にお任せします」と、言うのは、絶対にやめた方が良いと思う。きちんとした説明を受けて、自分の受ける治療を理解をし、その中から、「自分がどうしたいのか」を、Drに伝えるのは、非常に重要なことだ。

これを「インフォームド・コンセント(説明と同意)」と、いう。これは最近医療業界で、よく言われていることで、例えば、もし、自分が「ガン」と診断されて、手術を受けるとしたら、手術におけるリスクや経過などの説明を受けて、自分なりにも、その「ガン」について少なからず勉強し、その上で手術に対して同意するだろう。
美容系の病院でも同じ事で、それが命に関わる事でないだけだ。もちろん、最善の治療に対する、アドバイスがなされる訳だが、選択権は患者の側にある。治療におけるリスクや経過の説明をきちんと受け、理解した上で治療を受けるのは、至極当然の事だと、私は思う。

美容外科・皮膚科では、「治療したけど、こんな風になるとは聞いていなかった」という事が原因のトラブルをよく耳にする。これも、医師の説明不足、患者の理解不足、両方が原因であるようだ。
こんな事も、「きちんと説明→理解した上で選択」という事が成されれば、そうそう問題には、ならないはずなのになあ。と、いつも感じる。

何度も言うようだが、美容外科・皮膚科の治療は奇跡ではない。是非、その辺りをふまえて、上手に利用して欲しいと思う。

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「きれい=健康」という方程式 (後編) 01.11.12

ところが、ケミカルピーリングの回数を重ね、不要な角質が取れて、中から整った角質が出来上がってくると(いわゆる「きめが整った」状態)、不思議なことに、ある程度強い「酸」を塗っても、あまり痛みを感じなくなってしまう。「酸」で皮膚が溶けて薄くなると、痛みが増しそうな感じがするのだが、決してそうではないのだ。

これも再び「タイル」に例えると、解りやすい。不要な角質が取れて、中から整った角質が上がってくる。というのは、隙間なくタイルが並んでいるような状態だ。角質が均一に並んでいるので、触り心地も滑らかだし、隙間がないので、余分な刺激が入りにくく、また、水分も逃げにくくなるので、保湿力もアップする。こうなると、見た目にも、肌に張りがあり、光の反射が均一になって、ツヤも上がるので、きれいに見えるのである。

この見た目にも「きれい」という状態は、刺激に強く、保湿力もあり、トラブルを起こしにくい。まさに「健やかな肌」と言ってよいのではないかと思う。
そういえば、肌のものすごくきれいな人って、割と、たいした手入れもしていなかったり、「何を使っても、かぶれない」なんて、うらやましい事を言う人が、多い気がする。今までのことから考えると、「肌がきれい」ということは、「肌が健康」であるからだろう。
私自身も、数々の治療をしてから、季節の変わり目などにも、かぶれにくくなったように思う。確かに、以前に比べると、肌は、強く、滑らかだ。いろいろなスキンケア治療をしている皆さんも、そう思いませんか?

やはり、見た目が美しいという事は、健やかであるという事なのだ。皆さんにも、強く美しい肌を、手に入れてもらいたいと思う。

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「きれい=健康」という方程式 (前編) 01.10.31

いつの時代も、オトコの人というのは、きれいな女性が好きなようだ。もちろん、時代性や地域性などもあるので、「きれいの基準」は決められないだろうが、基本的に、きれいな女性が好きな事には、あまり変わりが無いように思う。

いつであったか、何かの本に「男性がきれいな女性に惹かれるのには、本能が関係した根拠がある」というような話が載っていた。都合の良い言い訳のようにも思えるのだが、確か、こんな話だったと思う。
容姿が美しい(きれい)ということは、病気などをしていないという事であり、胸やお尻が大きい(=スタイルが良い)ということは、健康で子供を産むことのできる体を持っているということである。人間(男性?)には「種を増やす」という本能があるので、男性は自然と、若く、見た目が美しく、スタイルの良い女性(=自分の子供を産めそうな女性)に惹かれてしまうのだ。
うーむ。やはり都合の良い言い訳的な部分も感じるが、言っている事は、解らないでもない。確かに、美しい人は不健康には見えない。

さて、私は[トラクリ]では、スキンケアの治療に携わることが多い。そこで、ピーリングなどの治療の過程を見ていて、「肌のほうも、どうも同じ様なことが言えそうだ」ということに気がついた。

この日記の一番最初の話で、「私の肌はささくれだって…云々」という話を書いたが、初めての来院の際は、大抵どの患者さんの肌もささくれ立っている。(初診のスキンケア相談の方は、必ずマイクロスコープで肌状態を見る)
「ささくれ立っている」というのはつまり、肌の新陳代謝がうまくいかなくなって、表面にいらない角質が、剥がれずに残っていたり、一つ一つの角質の端っこが、めくれ上がってしまっている状態である。(化粧品で、こういう状態を改善するようなモノがあるが、短期間で劇的に整えることは、難しい。)
「タイル」で考えていただくと、解りやすいと思うのだが、上の状態は、タイルの端が欠けてしまっているような状態である。このような状態だと、外部からの刺激(アレルギーの原因物質や、化粧品など)に対して弱いので、かぶれやすかったり、化粧品がしみたりしやすい。ケミカルピーリングで、弱い「酸」を顔に塗っても、すごく痛かったりする。もちろん、見た目も、くすんだ感じで美しくないし、光が均一に反射しないので、ツヤもない。手触りも、ざらついているだろう。

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木村拓哉とえなりかずき 01.10.25

ある日、テレビを見ていた私は、この二人には、大きな「共通点」がある事に気が付いた。一方は、当代一の色男、そしてもう一方は、好感度の高い少年。全くキャラクターの違う、この二人。私は、二人とも、好きでも嫌いでもないが、それぞれのファンの方々に「何処が似てるのよ!」と、怒られそうな気もする。しかし、似てると言ったら、似てるんである。さて、一体何処が似ているでしょう?

答えは「確信犯的自己演出」。要は、彼らは「自分」を演出するのが「うまい」のである。最近、どちらをテレビで見ていても、「この人って、すごいなあ。うまいなあ。」と思ってしまう。
例えば、木村拓哉なら、「かっこいい」というイメージがあるわけで、それを自分で、よくよく理解していないと、あんなにかっこいい風には、振舞えないんじゃないかな?と思う。えなりかずきにしても同様で、あの純朴青年風「おっさんキャラ」は、どう考えても、素のものとは思えない。限りなく素朴で自然なように見える「振る舞い」だと、私は思っている。うちの事務N嬢は、「実は後ろにチャックが付いていて、中から爽やかな好青年が出てくるんじゃないのか?」と言っていた。

芸能人というのは、多かれ、少なかれ「作られたもの」であり、「魅力を求められるもの」であると思うのだが、それにしても、彼らは、本当に自分の求められているもの、自分の魅力を熟知しているように思われる。
そして、「ほんとにすごいなあ」と思うのは、彼らが、ぎりぎりの線まで、それらを出していることである。自分の魅力を熟知して、表面に出していくと言う行為は、はっきり言って、やらしい。それが、他人から見て、透けて見えてしまうと、なおさらの事で、「何この人?わざとらしいー」とか「かっこつけてて、気持ちわるーい」になってしまう。その辺の、バランスが難しいわけで、そう考えていくと、彼らは非常に頭が良いのではないかと、思っている。
木村拓哉なんかは、その辺が非常に巧妙で、ほんとにうまい。「これ以上やってしまうと、やらしい」というのを、ほんとに良くわきまえていると思う。(私の目から見ると、最近のえなり君は、ちょっと「やりすぎ」の感がある)

もちろん、一般人が、彼らぐらいのレベルまでやってしまうと、ちょっと気持ち悪い。それこそ「何この人?わざとらしいー」になってしまう。でも、彼らから学ぶべきことは、あるように思うのだ。
それは「自分の良さを知ること」である。大抵の人というのは、いつも自分を自己否定ばかりしている。もちろん私もその一人だ。でも、どうせなら、彼らほどの「自己演出」は無理でも、もうちょっと自分を好きな人生を送りたいと、願っている。「かっこいい」私や、「かわいい」私、を今より少しでも、伸ばしていきたいものだ。

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1年分のごほうび (後編) 01.10.18

医療クリームは、「塗り薬」なので、残念ながら、そんなに簡単には、効果が出てこない。しかも、ピーリングのように「やった」という感じが少ないので、ちょっとつまらない。しかし、「塗るだけ」というのは、非常に簡単な治療なので、根気が続けば、とても良い治療だと思う。
実際、使い始めて1ヶ月くらいの間は、特に変わりがない、というか、かさついたりして、むしろ肌の調子が悪かった。(クリームに肌慣れするまでは、調子が悪いことも多い)
大抵の患者さんは、ここで、「肌の調子も良くないし、本当に効くのかな?」と不安になる。私も同様で、先生に何度も「大丈夫ですかね?」と、聞いていた記憶がある。
ここが、まず、「第一の山」で、角質が剥がれていく過程では、どうしても避けられないことなので、この間、特に保湿に注意して、たっぷりと化粧水、乳液、クリームなどをつけて、乗り切った。

さて、一つ目の山を乗り越えて、3ヶ月くらい間、「くすみ」もだいぶ取れてきて、逆に「しみ」が少し目立つようになってくる。これが「第二の山」である。
これも、ちょっと心配になるのだが、「しみ」は「くすみ」よりも、肌の深い部分にあるので、効果が現れるのには、時間が掛かるのだそうだ。まず、表面の「くすみ」が取れて、「しみ」が目立ってくるのである。 
これは、ある意味、「クリームの効果の現れ」と、受け止めることにした。この頃になると、肌全体の調子が良くなり、手触りも滑らか、くすみが取れるので、肌に透明感が出てくる。
そして、なんと言っても気持ちいいのが、朝の洗顔時だ。洗顔中・後に、何とも例えようのない「つるん」とした感じになる。洗い上がりが、とてもきもちいいのだ。これを、なんとか上手く言葉で表現できないものか?と、考えたのだが、うまい言葉が見当たらない。患者さんの中には、「どんなに高い美容液を使っても、得られない『つるんと感』」と、例えた方もいる。

さて、こんな調子で、クリームを使いつづけていくと、いつのまにか、肌が一段白くなったように感じられてくる。これは実は、肌が白くなったわけではないのだが、透明感があがるので、クリームを使って半年を過ぎた頃から、患者さんにも「白くなった」と、言われるようになった。個人差があるが、私の場合ファンデーションの色が一段明るくなってしまったくらいだ。

その後、こつこつと使いつづけて一年が経過した。しみが増えたり、大きくなる様子もないし、肌の調子も良い。しかし、半年以降は、それ程劇的な変化はなかった。それを、どう受け止めるかは、その人次第だが、私はそれを良しとしている。

少し前の事になるのだが、ある日夫から「君は、結婚前の付き合い始めの頃より、今の方がずっと若くなって、肌がきれいになったねえ。」と、言われた。何の気なしに言った事なのだろうが、1年間がんばったごほうびを貰ったようで、大変うれしかった。そして、これからも精進して行こうと、誓ったのだった。

最後にただ一つだけ、失敗してしまったことがある。この一年、顔にだけクリームを使っていたために、顔と首の色に、差ができてしまったのだ。「あっ」と、気づいた時には、もうすでに遅く、今また、がんばって首にもクリームを使っている次第である。現在クリームをご使用中の皆様もご注意あれ。

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1年分のごほうび (前編) 01.10.12

最近、私の肌は「きれいになったなあ」と、思う。もちろんこれは、「他人と比べて」の話ではない。あくまでも「1年前の自分と比べて」の話である。

そろそろ、本腰を入れての、スキンケアの治療(もちろんトラクリで)を始めて、一年が経過する。
この日記の一番最初の話「肌質ははたして変えられるのか」で、私が「拡大して見た私の肌は、ささくれだってサイアクだった」と、語っていたのを、皆さんは、覚えておられるだろうか?今回は、その「ささくれだった肌」を「きれいになったなあ」と感じるようになるまで、どのように治療してきたのか、それをお話していきたい。

トラクリに、トータル的なスキンケアの治療を希望される患者さんが、来院された場合、ピーリング治療後、医療クリームを使っていく。というのが、最もポピュラーなケースだ。私は、にきびができやすく、べたつくのに乾燥するという、いわゆる「オイリードライ」という肌質であったので(にきびにピーリングは効果的)、同じ様に、治療を進めていった。

まず、6回のケミカルピーリングを終えて、にきびの絶対数が激減した。と、同時に肌のつやがあがり、手触りが滑らかになった。ただ、皮膚が一時的に薄くなるので、少し乾燥傾向であったように思う。さすがに、「酸」を使って、強制的に角質を溶かしていく治療だけはあって、6回での変化(期間にして、1〜2ヶ月)というのは、大変大きなものだったと思う。
この頃には、治療前、拡大して見ると、ささくれ立っていた私の肌も、随分と滑らかになっており、ささくれ立った感じはなくなっていたが、「健康的にふっくらした」というところまでは、回復していなかった。

ピーリングをして、ある程度良くなった肌も、その後何もせず放置していると、だんだんと元に戻ってしまう(肌質は変えられない)。そのため、ピーリングの後は、医療クリームを使って、良い状態をキープしつつ、治療していくのだ。そして、ここからが、本当に、長い長い道のりなのであった。
→後編へ続く

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キャンセルの仕方 01.10.03

ここのところ、一時期の「予約が取れない!」という様な異常な状態が、少しずつ落ち着いてきた。スタッフが一名増えたおかげで、だいぶ予約が取りやすくなったせいもあるだろう。8月頃は、本当に予約が取りにくくて、皆様にも大変ご迷惑をおかけした。今回は、そんな異常な最中に、考えたことを書いていきたい。

「予約が取れない」ほど、予約がつまっているということは、当然ながらキャンセルをする人の絶対数も増えるということである。これは、当然の事のように思われるし、いたしかたないであろう。
ただ、非常に困るのが、初診での無断キャンセルである。これが、結構多いのだ。[トラクリ]では、電話とホームページ上から、予約を取れるのだが、無断キャンセルされるのは、圧倒的に電話予約の場合が多い。(いつも、電話予約をされている方、お気を悪くなさらないで欲しい。これは、あくまでも初診での話で、電話予約の方が、絶対便利だと思う。)
さて、これは何故かと考えてみると、電話予約というのは、雑誌に掲載された広告を見ている方からの場合が、多いようなのだ。ホームページからの予約は、[トラクリ]の趣旨を良くご理解頂いている事が、ほとんどなので、「無断キャンセル」というような事は少ない。(全く無いわけではないが)

患者さんには、病院を選ぶ権利があるし、行くのも、やめるのも、それは自由だと思う。しかし、「それにしても、キャンセルの電話くらい、してくれればいいのに」と、思う。特に、夕方の予約が取りにくいのは、相変わらずで、もし、あらかじめ「キャンセル」と分かっていたら、他の患者さんの予約を取れるからだ。

また、キャンセルの仕方でも、人柄がうかがえるなあ。と、思うことがある。随分前から、キャンセルのお電話を下さって、しかも本当に、申し訳なさそうに、こちらが恐縮してしまうぐらいに「スイマセン、スイマセン。」といってくださる方もいれば、大きな手術の予約を入れても、現れず、心配になって(交通事情のトラブルなどの場合もあるので)こちらから電話をしてみると、迷惑そうに「行きませんよ」という様な方もいる(これは、さすがにムッとした)。私も、他所でこういう事だけはしないようにしようと、改めて思った。

仕事や体調など、いろいろな都合があるので、キャンセルするのは、全く構わないことだと思う。ただ、「ほんの少しご協力いただければ。」と、思うのだ。でも、この日記を読んでくださっている方には、そういう事もありえないので、こんな風に愚痴を言ったり、ここで訴えたりしても、しょうがないのかも知れないが。

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100+100+100=500!? 01.09.27

最近、メークの上手な人が本当に増えたな。と感じる。みんな、雑誌とかを読んで、研究しているのだと思うのだが、その中で、少しだけ気になっている事がある。

雑誌などのメーク紹介というのは、全体的なバランスの作り方より、パーツ重視のテクニック紹介が多い。例えば、アイメイクだったらアイメイク、チークだったらチーク、肌だったら肌という具合だ。
パーツ一つ一つのテクニックというのは、もちろん大変重要で、こういった特集は、そのパーツに100%の力を注いで作るテクニックが紹介されていることが多い。確かに、美しいテクニックというのが、存在し、アイメイクなり、チークなり、どこか一つでも、手を抜いてしまうと、「手抜きメーク」という感じを受ける。

しかし、これを全部取り入れて、「顔」を作ってしまうと、どうなるか…。それは、やはり「作りすぎ」の顔になってしまうと思うのだ。考えて欲しい。肌を陶器のように美しく作り上げ、目元も、全力でアイライン・マスカラをがっちりと固める。チークもオレンジベージュ系かなんかで、しっかりと入れ、きっちりとラインを取って口紅を塗る。これを全部してみると、夜遊びの顔、いや、超派手顔になることは、間違いない。最新のテクニックを、100の力ですべて取り入れて、がっちりと作った顔というのは、「派手」を通り越して、むしろ「野暮ったい」気さえする。こんな顔の人は、時々、道端で見かけることがある。

私が本当に「上手だなあ」と感心するのは、「抜き」のうまい人である。「抜き」というのは、つまり「力を抜く」ということで、「手を抜く」ということではない。
「顔全体を作る」ということは、バランスが大変重要になってくる。アイメイクも100、チークや口紅も100の力、つまり全力で作ってしまうと、何故か300ではなく、500ぐらいの出来栄えになってしまう。
だからこそ「抜き」が必要なのだ。普段のメークなら、トータルで80〜90ぐらい。ここぞという時でも、100を超える力で作ってしまうと、「やりすぎ」である。
実は、この「トータルバランス」が顔作りには、とても重要なのだと思う。アイメイクをばっちり入れたら、あえて唇はグロスだけにする。また、逆もしかり。ポイントを一つに絞ると、バランスの良い、垢抜けた顔になると思う。

最近は、やっと秋らしくなり、メークも落ち着いた深みのある色を使いたい気分になってきた。ゴールドのアイシャドウも、深みのある赤系の口紅も素敵だけれど、こんな時こそ「抜き」のテクニックが必要になる。私もどちらかと言うと、「作りすぎ」の傾向にあるので、この「抜き」のテクニックをうまく取り入れていきたい。

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男性さんいらっしゃ〜い♪ 01.09.19

[トラクリ]は、普通の美容外科に比べると、男性の患者さんの割合が多い。これもやはり、ホームページを中心にしたクリニックであるという性質上なのだと思うのだが、時には、「待合室に男性がいっぱい」ということも、稀にある。ちょっと、不思議な光景である。
「美容外科に男性」というと、不思議に思われる方もいらっしゃるだろうが、何の事はない。ホームページに書いてある治療は、何でもできる。一番多いのは、ほくろの除去だが、わきがの手術、ひげの脱毛、にきびのひどい方だと、ピーリングや塗り薬の治療もするし、壮年の男性なら、しみやたるみの相談という場合もある。

こんな状況を見ていて、「男性が外見を気にするなんて…」という偏見の時代は、もうとっくに、終わっているのだなあ。と実感する。男性だって、見た目は気にした方がいい。仕事をしていく上でも、見た目が若々しく、こざっぱりとしていた方が、絶対いいに決まっている。そういう意味で、これからは、お年を取られても、働く方が増えるだろうし、壮年の男性の受診が増えていくのかなあ。という気がする。これも、時代の流れであろう。

しかし、実際は、「美容外科」なんて聞くと、非常に入りにくいだろうし、これを読みながら、今も「行こうか、どうしようか」と、悩んでいる方も、たくさんいらっしゃるのではないかと思う。
いろいろな雰囲気の美容外科があるのだろうが、我が[トラクリ]は、拍子抜けするほど「美容外科」の雰囲気がない。土地柄、近所のおじさま達が、保険診療で通っていたりもするので、どちらかというと、「診療所」と言ったほうが、いいくらいだ。
もし、今もまだ、迷っているのなら、是非一度、臆せず、来てみて欲しい。実際に、来院して、カウンセリングを受けたら、「なーんだ、こんなものか。」と思うはずだからである。

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真夜中の訪問者 01.09.12

先々週の私は、非常に疲れていた。本当にもう、異常なほど、疲れていた。確かに病院の予約も相当混んでいたし、暑かったり、寒かったりで、体調もあまりすぐれなかった。
そして、私は、本当によく眠るし、旅行に行くと友人が驚くほど、寝つきが良い。とにかく、いつでも、どこでも、よく眠る。実は、病院の昼休み中も、ほぼ毎日、昼寝をしている。目覚めた時に、自分が、今何処にいるのか判断できないほど寝入ってしまうことも、しばしばだ。しかし、その週は、それでも足らず、家に帰り着くと、眠くて眠くて、ぐったりとしていた。

その日、疲れはピークに達していたのかもしれない。家に帰ると、さっさと食事や入浴を済ませ、早々に寝床に入った私は、まるで、スイッチが切れたように、すぐに眠りに落ちた。そして、訪問者はやって来たのだった。

夫が深夜2時ごろ、ふと目を覚ますと、窓の外に、赤いサイレンがまわっているのが見えた。と、思うとドアチャイムが鳴り、ドンドンドンと玄関をたたく音がする。眠い目をこすり、彼が出て行くと、そこに立っているのは、ヘルメットに、お馴染みのオレンジ色のつなぎを着た消防隊員だった。
我が家には、アパートの一部屋ごとに「煙感知機」が付いている。それが、作動したということで、念のため、調べに来てくれた。ということだった。「深夜に申し訳ないが、部屋の中を調べさせて欲しい」と、その消防隊員の方は、我が家のすべての煙感知機を、くまなく調べ、「ご協力ありがとうございました」と、帰っていったそうだ。

そう!!「…そうだ」なのである…。なんと、夫が、他のアパートの住人と話し合っている間も、消防隊員が私の横を行ったり来たりして、煙感知機を調べている間も、私は、全く気づかず、微動だにせず、すやすやと眠っていたのである。
消防隊員が入ってきても、全く気づかない私を、不憫に思った夫は、「とりあえず、毛布だけはかけておいた」そうで、「君はうつ伏せで、寝ていたので、スッピンの顔は見えていなかったと思うよ。不幸中の幸いだね。」と、言っていた。私が、この事件を知ったのは、翌日の夜のことであった…。

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インターネットってすごいよね。 01.09.03

我が[トラクリ]は、ホームページを所有しているという性格上、遠方からいらっしゃる患者さんが、とても多い。関東近県であれば、私も、だいぶ慣れっこになったのだが、今現在は、なんと石川県から月1回、通って来てくださっている患者さんがいて、それには、さすがに私も驚いてしまった。その方は、飛行機でいらっしゃるのだが、絶対、治療費より、交通費の方が高くついているに違いない。もちろん、通院のためだけに、東京にいらっしゃるわけではないのだろうが、それにしても、大変なことだ。
今まで、一番遠い所からいらっしゃった患者さんと言えば、「オランダから(!!)」であろう。ただし、この方は、一時帰国にあわせての来院で、通院ではなかった。(さすがに「通院」は無理である)その他にも、甲府や静岡から毎週1回通ってきていた方もいるし、ほんとにインターネットの力って、すごいなあと、思ってしまう。

ホームページを見かけて、我らが宮田先生に、マスコミから取材や問い合わせ、相談を受けることも、随分増えている。少し前になるが、雑誌の「アスキー」に[インターネットのお医者さん]という特集で掲載されたし(自慢!)、テレビから取材依頼を頂く事も、たまーにある(これも自慢!)。秋になると、雑誌「プチセブン」で[にきび]についての連載も始まるらしい(はっはっは。これも自慢です!!)[トラクリ]は小さなクリニックで、たいした広告もしていないのに、こういう事が起きるのも、インターネットならでは、の現象であろう。

ところで、この日記を読んでいる方も、最近とても増えている。手前味噌だが、更新を楽しみにしてくださっている方も、かなりいらっしゃるようだ。ある時など、友人が会社の同僚から、「面白いから、読んでみて。」と薦められたのが、この日記だったという事があった。どこで、どんな風に広がっているか解らないものである。
また、具体的に化粧品名を挙げたりすると、患者さんから、「あの化粧品買っちゃったわー♪」というお話をよく聞く。これも「インターネットの影響力ってすごいなあ。」と感心してしまう出来事であると同時に、自分の書く文章に対する責任を、重―く感じている。

ところで、皆さんは、このホームページを検索サイトで探して、見つけられている方が、多いと思うのだが、実は私も、検索サイトから[トラクリ]を発見した一人である。

一年と少し前、以前働いていたクリニックを退職し、念願だった美容系(スキンケア系?)の病院に移ろうと、考えていた私は、美容ウェブで、東京にある、ホームページを持っている、すべての美容外科を検索し、一つずつ調べていった。(非常に根気の要る仕事だった)
美容は、先生の考え方によって、治療方針が変わってくるし、先生の人柄が重要だ。それに、どうせなら自分の持っている能力を少しでも発揮できるクリニックで、働きたいと考えていたからだ。そんな訳で、一つずつ探していって、「これは!」と思ったのが、[トラクリ]だったのである。

私が[トラクリ]を見つけ出した時は、求人募集も何も出ていなかったのだが、「働くなら、絶対ここだ!」と、思い極めた私は、勝手に「雇ってください」というメールを送りつけた。そして、返ってきた答えは、「是非、一度お越しください」。私がメールを送った前日に、前任の看護婦さんが辞めることになり、後任を探そうとしていたところだったそうだ。そして、現在に至るのだが、やはり何やら因縁めいたものを感じる。やはり、ここで働く運命であったのだろう。

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心が病んでしまう。というお話 01.08.29

少し前「病んでいくココロ」という話を書いたことは、皆さんのご記憶にも新しいことと思う。あれは、日々の生活の中でも、ココロが病んでいくというか、倦んでいくことがある。という話だ。あくまでも、正常の範囲の中で、鬱々としていく気持ちを綴ったものである。
しかし、今回のお話は、そういった日常の事ではなく、もう少し切実なお話である。

先日、先生の日記にも書かれていたが、ちょっと困ってしまうようなできごとがあった。すでに、先生の日記を読んでご存知の方もいらっしゃると思うのだが、正常の範囲を超えて、精神を病んでしまっている患者さんが、来院されたのだ。
その方は、別の病院で美容外科的な手術を受けたのだが、事前にきちんとした説明を受けていない様子で、手術に納得がいっていないようだった。当院には、再手術と、塗り薬の治療の相談ということで来院された。しかし、本人が思う様に、術後の経過が悪いわけではなく、こちらで再手術はできないという先生の判断で、塗り薬の治療を薦めていた(詳しくは先生の日記を読んでください)。
先生は、そのことを非常に冷静に、順序だてて説明をしていたのだが、患者さんは、その説明にもほとんど耳を貸さず、診察室で泣き出したり、塗り薬の治療方法を薦めても、先生を脅すような発言をしたり、凄んだり、また、当院の責任であるかのように、恨み言を言い続けたり(この日が初めての来院だったのだが)、私達も、どうしていいのか解らないような状況だった。しかも、本人は、精神を病んでいる以上、全く悪気はない行為だったのだと思う。
その後、1,2度電話があったのだが、「こちらで薦められた治療は、していない。あんたの所の病院の悪口を流してやる」という様な、ご本人からのお電話があり、美容外科に対する、恨み言のようなものを、延々と言っておられた。確実に、精神を病んでいる人の言動であった。

現実として、元々、精神を病んでしまいやすい性質を持っている人は、いる。それは、当人が気づきにくい事が多いようだ。そして、それが美容的な手術をすることで、悪化する例も多くあると、先生に聞いたことがある。そういう可能性がある場合、当院では、本人が希望しても、手術はしない。もちろん、本人の為に良くないからだ。
美容外科という、この一般的に見て、摩訶不思議な世界でも、やはり医療であるという事を忘れてはならないと、思う。きちんとした説明が必要不可欠だし、こういう世界だからこそ、医療従事者としての、モラルが問われるのではないだろうか?そんなことを、考えさせられる、大きな出来事であった。

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